小さい頃よく遊んだ、三浦半島にある小さな入江は暗闇の中にあり、静かな波だけが海岸に打ち寄せていた。6.7年前と変わらぬ風景にほっとしたが、猫の額ほどの小さな砂場にみすぼらしい海の家が立ち暗い灯りが漏れていた。
あの小屋に誰かいるかも知れない。不安が過る。
入江を見渡せる丘の松の木の根元に腰を降し、自転車をすぐに走らせることが出来るように、車道に向けて止めてある。腕力はないが、カッターナイフをポケットの中で握りしめているから大丈夫と気持ちを思いこませる。
朝4時、海は少し赤く明るく染まってきた。波はリズムをとるかの如く、打ち寄せ、砂浜を白く泡立って消えて行く。海の家の小屋では、人影がゆっくりではあるが動き始めた。
静かな朝である。遠くの海では漁をしているのか、小舟二槽見える。
「もしもし、ここで何をしているのですか?」突然背後から声がした。
振り向くと、二人の警察官が立っていた。声を掛けたのは比較的若い警察官だった。
職務質問に応えられない。身体が小刻みに震えている。
それを感じた年配の警察官が、「近所の家から通報が入り、監視カメラで確認したら、君の影が映っていたから着た。何もなければ、よいけど、夏の海水浴場の夜は色々起るから注意しに来た」と告げる。
若い警察官が、住所は?名前、年齢?職業を矢継ぎ早に質問するが、なにひとつ応えられないというか?緊張のあまり声も出せない。応えられないなら、交番に一緒に行こう。
所持品検査され、カッターナイフを発見されると、面倒なことになりそうなので、交番に着くと、住所、名前、年齢を応え、無職ではまずいと思い、浪人中と応えた。
年配の警察官が「受験勉強して、頭を休めに海岸に来たんだね」と気持ちを察し、解放してくれた。
交番から自転車を押して出ると、同じ年頃の青年に声を掛けられた。
「海の家を見ていただろう。俺はあそこで寝ていた。暇なら遊びに来いよ。夜は俺一人だから、潮騒の音が聞こえ、いいぞ!昼は海の家でバイトしているから来いよ」
なにも、応えられなかったが、不登校になってから、初めて同世代から声を掛けられた。
なんとなく、嬉しかった。